放射能被害防止の陳情提出者のお方と連絡が取れました。

2011年11月25日

今日の夕方、放射能被害を防止する旨の陳情を提出なさった
代表者の方とお話ができました。

少々よろしいですかとはじめ申し上げましたが、
結局1時間程度お電話にてお話をさせていただきました。

突然のご連絡の中、誠にありがとうございました。

また、大変紳士的なご対応をいただきました事につきましても、
重ねてこの場でも御礼申し上げます。

私の考えと、陳情についての中身について申し上げさせていただきまして、
近日改めましてご連絡をさせていただく事につきまして
承諾していただきました。

と申しますのも、今日の今日に結論を求めるのも失礼に当たりますし、
また会の代表としての提出ですから、
会員の方にも放射能被害を防止する、
つまり特に子どもに被害が出ない事を目的とした
内容か、陳情に記載してあります13項目についてを
求める内容であるのかをご協議いただかなければ
会の組織として問題でもあると感じ、
その旨も合わせてお願いしました。

先日も記載しましたが、
何故文言にこだわるかと申しますと、
そもそも民主主義は異なる意見があることを
前提としていますので、
勝手な解釈で適当に扱われる事を極力さけなければ、
結果として国民(私の場合ですと市民)生活に
悪影響を及ぼす可能性があるからです。

「私はそのような意味で申し上げたのではない」

最近よく耳にする方もいらっしゃるのではないでしょうか。

ですので、面倒ですが、厳密にしなければならないという
訳でもあるのです。

またさらに、議員ですから当然賛否や、その中身については
責任を有するはずですので、
現実的に難しい点や、他の方法がより適していると
判断した場合につきましても、
主旨は賛同していても、中身については
反対という事も往々にして起こるのです。

堅苦しい面倒な話ですが、
これが民主主義です。

議論を尽くし、その中で最終的に決定する。

この決定とは恰好をつけるのではなく、
責任を負うという事です。

この議論を尽くし、責任を負うのが、
本来のいわゆる「政治主導」です。

提出者の方にも、この文言それ自体については
多くは賛成ですが、一部私は他の方法がより適していると
判断するため、また解釈によっては誤解を生じる
可能性もあり、結果としては、議会人としては
反対せざるを得ないかもしれません。

また、主旨に重きを置いているという事でしたら、
いわゆる「骨抜き」と解釈する方もいらっしゃる
でしょうが、きちんと賛成し、その分残りの任期は少ないですが、
提出者の想いを少しでも多く実現できるよう
働きかけるのが、私の政治家としての責任と
覚悟である旨申し上げました。

提出者の方とお話をしておりまして、
電話口で大変素敵な方だと感じましたので、
時間があえば直接お会いして
色々お話をしたいとも思いました。

Copyright(c) 2010 Yoshinori Narita All Rights Reserved.